漂えど、沈まず。

文化系税理士 佐藤 龍 のブログです

「勤労所得の特殊性」は、給与所得控除に限るべきではない。

少し前の週刊ダイヤモンド野口悠紀雄先生の連載記事(「「超」整理法」)ですが、おもしろく読んだので備忘代わりに書き留めておきます。 

  

野口悠紀雄先生といえば、ずいぶん前に税金に関する著作を読みました。

この世界に入ったばかりの頃、文学部出身で文字通り右も左もわからない状態だったわたしは、目に入った税に関する入門書を手当たり次第読み漁っていたました。

野口先生の次の2冊もその頃読んだ本です。 

専門書でなく、一般向けの本なので抵抗なく読めました。

 

「超」納税法 (新潮文庫)

「超」納税法 (新潮文庫)

 

2003年出版。『週刊新潮』の連載をまとめたもの。

わたしは単行本で読みましたが、いまは文庫になっているのですね。「真の要検討課題は給与所得控除」という、本記事とほぼ同じ内容を論じた章があります。現実的ではないものの、この本に書かれた「サラリーマン法人」は話題になりました。この「サラリーマン法人」に類する話として、給与所得から「裏ワザで」必要経費を控除するこんな本も一時期話題になったようです。「ようです」というのは、わたしはこの本をリアルタイムで読んでいないためです。こちらはいくぶん現実的であるものの、税法解釈としては古くからあるグレーなテーマです。

 

「無税」入門―私の「無税人生」を完全公開しよう

「無税」入門―私の「無税人生」を完全公開しよう

 

 

また、ベストセラーになった『「超」整理法』の印税の課税関係について一苦労したくだりは興味深く読みました。文庫化したことからわかるように、この本もベストセラーになりました。

 

知っているようで知らない消費税―「超」税金学講座 (新潮文庫)

知っているようで知らない消費税―「超」税金学講座 (新潮文庫)

 

『「超」納税法』と同じく、2003年出版の『週刊新潮』連載のまとめ。

消費税の問題点をはじめとして、資産譲渡、企業再編成などの問題点について、広範に語りおろす内容です。これもわたしは単行本で読みましたが、文庫化にあたり、「知ってるようで知らない消費税」という副題が付けられてます。

 

15年も前の本であり、さすがに税制は当時とは異なりますが、本質的なところはいま読んでも変わりません。

『納税法』『税金学』ともに、読み物としておもしろい本です。



さて、今回の野口先生の記事「フリーランス普及に所得税制改革が必要」です。

ざっと一読したときは、なんだ、給与所得控除の問題点に関する記事か、『「超」納税法』と同じじゃないか…と思いましたが、よく読むと、より戦略的な、皮肉の効いた論を展開されています。


野口先生の主張はこうです。

フリーランサーの普及は、働き方改革の重要な課題であるが、この普及には構造的な問題がある。つまり、給与所得者を優遇する給与所得控除の存在がフリーランシングという働き方を不利にする。なので、この格差を是正すべきだ、というのです。

 

給与所得控除の問題点というのは租税法では古典的な議論の対象といえます。給与所得控除におけるこの優遇措置を減ずるべき、という主張がされることもありますし、逆に給与所得者がその業務に係る経費を所得計算上控除できないのはおかしい、という主張がされることもあります(後者の「おかしさ」を違憲という形で論じたのが、有名な「大島訴訟/サラリーマン税金訴訟」です。租税法の授業でおなじじみのテーマですね)。

 

少し長くなりますが、論の肝となる最終部分を引いておきましょう。

 

 以上の議論は、「給与所得控除が何のためにあるか」という問題に関連する。

 給与所得控除に経費の概算控除的要素が含まれていることは、疑いがない。

 最高裁判所(85年3月)は、サラリーマンにとっての経費の存在を考えることができること、給与所得控除の中には必要経費の概算控除の趣旨が含まれていることを認めている。

 しかし、給与所得控除には、経費概算控除以外の要素が含まれているとの解釈も可能だ。56年12月の「政府税制調査会答申」は、給与所得控除の根拠について、経費の概算控除の他に、「資産所得、事業所得との比較での担税力の低さへの調整」などがあるとしている。

 上で見たように、現実の控除額は、経費概算控除として正当化できないほど大きいが、それは、勤労所得の特殊性に対する配慮が含まれているからであろう。青色申告特別控除は、それに相当するものを事業所得にも認めているものと解釈することができる。

  ところで、勤労所得への配慮の必要性は、給与所得に固有の問題ではない。他の形態の勤労所得にも当てはまる。

  この考えは、フリーランサーが給与所得以外の形態で得る所得についても、当てはまる。例えば、原稿料などの雑所得についても当てはまるだろう。

 フリーランサーの所得は、不安定であることが多い。それは、サラリーマンの所得よりも、担税力が低いと考えるべきものだろう。だから、配慮が必要だ。

 こうした考えは、とっぴなものでなく、類似の考えがこれまでも提案され続けてきた。給与所得以外にも勤労所得控除を認め得るとする考えは多い。

  こうした考えを引き継ぎ、給与所得を「費用の概算控除」と「勤労所得の特別控除」に二分し、後者を雑所得などにも適用することが考えられる。

  また、勤労所得の税負担を軽減することが望ましいとするならば、勤労所得控除を引き上げることが考えられる。

 

 いかがでしょうか。

 

 「青色申告特別控除は事業所得における勤労所得の特殊性を考慮したものである」とか、勤労所得の特殊性として野口先生が挙げている論拠は最高裁判決よりも30年も昔のものであるなど、全体的にツッコミどころの多い流れですが、主張はとても明快です。

  つまり、給与所得控除の優遇措置を減ずるのでなく、その「勤労所得の特殊性」を考慮して、ほかの勤労所得についても優遇すべきだ、という主張。

なかなかアクロバティックな論旨です。

 

  野口先生の「「超」整理日記」は見開きで2ページの連載記事でして、上で引いたところでブツッと切れる形で終わってしまいます。

 不動産所得における「勤労性」の評価、事業所得と雑所得という所得区分の差異はそもそもこの「勤労性」の程度を考慮して設けられたのでは? などなど、さらなる野口先生の議論をうかがいたいところですが、ひとつの問題提起として、興味深く受け止めました。

 

…ただ、個人的に  野口先生からは、判例解釈を振り回した租税法の議論よりも、財政学のエキスパートとしてのマクロな視点からの議論をお聞きしたいと思いました。