シリーズ被災した場合の確定申告、3回目。今回で最終回です。
今回は損失の金額の計算の仕方について説明します。
前々回の控除の区分や、前回の雑損控除も、この損失の金額が明らかになって初めて計算できるようになります。ただ、これも一筋縄ではいかず、いくつかの方法があるので順にみていきましょう。
1.原則は「時価」。
被災による損失は、「時価」で計算せよ。これがそもそもの原則です。
被災した時のその資産の時価が、被災直後に時価でどれくらい減額したか。その減額した金額が損失の金額であり、これが雑損控除の金額である、と。
そんなことはわかっていますが、この計算は実質不可能です。ちょうど住んでいる家を売りに出していていくつか問い合わせがあるような金額がついているなら、それは被災直前の時価として採用できるかもしれませんが、そんな事態はまれ。逆に、被災直後の時価は不動産鑑定士や不動産売買会社などに見積もりをお願いすればある程度の時価はわかるかもしれませんが、被災直前の時価はわかりません。
また、根本的な問題として、雑損控除が適用できるくらいの災害が発生した場合、その地域で業者を確保することは不可能です。なにしろ、今回の大阪北部地震や台風では、近所のホームセンターでは「突っ張り棒」やブルーシートが品切れになり、修繕工事は見積もりですら何ヶ月も先、となる事態になりました。
もっとも、このような事態をある程度考慮して、前回の災害関連支出は、その災害が発生した年中に支出していなくても、確定申告期限までに支出していれば適用可能、という一種の宥恕規定も定められているわけですが。
2.「簿価(=取得費相当額)」によることもできる。
前々回の記事で、事業用資産と業務用資産は、その帳簿上の価額を損失の金額の計算とすることができる、と説明しました。これと同じ考えで、被災時の生活用資産に係る損失の金額を見積もることもできます。
考え方は、譲渡所得の計算と同じ。取得時の価値(取得価額)から被災時まで、その価値が下がっていくと考えて、 まず、被災直前の価値を求めます。これは、取得価額から「減価の額」を控除して求めます(ちなみに、所得税法はこの減価について、業務用資産は「減価償却費」、生活用資産などの非業務用資産は「減価の額」と使い分けており、その耐用年数も非業務用資産は業務用資産の1.5倍で計算するように定めています)。譲渡所得の計算のときは「取得費」と呼ばれるこの金額を、被災直前の資産の価額とするのです。
このとき、売買契約書(中古物件)や工事請負契約書(新築物件)などが存在せず、建物の取得価額がわからない場合は、便宜的に1㎡ あたりの金額から取得価額を計算するのも同じ。譲渡所得の計算の場合は、「建物の標準的な建築価額表」から「建築年」と「構造」に該当する金額を選ぶことになります。
今回の場合は、近畿2府4県の「平成30年分地域別・構造別工事費用表」が用意されており、この表を使うことになります。
この取得費相当額を被災直前の資産の価額とするのは、事業や業務の用に供している損失のルールを適用して、単に実務上の混乱を解消するためとも考えられますが、理論的には、被災することにより発生した生活用資産のキャピタル・ロスを計算するために、整合性を図るためにキャピタル・ゲイン/ロスを清算する時の譲渡所得の計算方法を援用した、とも考えられます。いずれにせよ、これは極めて実務的に有効な方法です。
3.損失の金額は、簡便な「簡便法」がオススメです。
被災直前の価額は上記「1」「2」でなんとか計算できたとしましょう。では、肝心の「損失の金額」はどうするのか? やっとここに辿り着くことができました。
これに対する課税当局、つまり国税庁の答えは単純にして明快です。
「罹災証明書」に記載された「被害割合」に応じ、被災直前の価額の、
「一部損壊」は5%、「半壊」は50%、「全壊・流出・埋没・倒壊」は100%を、
それぞれ損失の金額とする、というのがその答え。
実にシンプル。それゆえ明快です。
実際は「一部損壊」と「半壊」の間にはかなりの幅がありそうですが、それを割り切ることによるメリットを実務は重視します。そこからこぼれ落ちるものは個別対応。
そういえば、わたしがH30の近畿地方に関する特殊事態として、雑損控除に関する研修を受けた時に聞いた情報では、「高槻市が発行した罹災証明書は、全壊11件、半壊225件」とのことでした。一部損壊は数千件に及ぶのではないでしょうか。
さて、国税庁は6月の大阪北部地震を受け、「災害により被害を受けられた方へ」という5枚ものの税制面の優遇措置の案内及び計算書の様式を発表しました。
※ H31 3/2 現在リンクは確認できていますが、もしもリンクが切れていたら佐藤までご連絡ください。この当時の pdf をご紹介いたします。
この案内に、上述の近畿2府4県の「平成30年分地域別・構造別工事費用表」も掲載されています。
さて、はっきりとは書きませんでしたが、ここまで説明の対象としてきたのは建物、具体的には業務用・居住用の「家屋」の話でした。では、「家財」の損失の金額はどうするのか? もっともな疑問です。そして、そのようなもっともな疑問には、国税庁はあらかじめ答えを用意しています。それが「家族構成別家財評価額」。上記様式にも掲載されています。
これが実に興味深い。
実は、この表を紹介したかったから3回にわたってこの記事を書こうと思った、というところがあります。
これによると、世帯主が29歳までの夫婦の家財の評価額は500万円、30~39歳は800万円、40~49際は1,100万円、50歳~は1,150万円。これに加えて、大人(18歳以上)1名につき130万円加算し、子供(18歳未満)1名につき80万円加算。そして、独身は年齢に関わらず、一律300万円。
夫婦に関してはかなり優遇していると感じられる反面、独身世帯に関しては非常に雑。伝統的・旧態的な家族観を重視する現政権の価値観を反映した評価額となっています。独身世帯に関しては、逓増な評価にしたら面白かったのに。この表の根拠となるデータをみてみたいところです。
家財の評価は本当に難しい。個人的には、アメリカン・セルマーよりも新品のパテック・フィリップの方が評価額が高いのは納得いきませんが、時価、市場価額を考えるとそう評価せざるを得ません。では、アメセルを所有するのは家族世帯と独身世帯、どちらの方が多いのか…まあ、そんなことを考え始めるとキリがありませんね。というか、そのような30万円以上の「生活に通常必要でない資産」が考慮されているとしたら、その時点ですでに優遇されているわけです。この資産に関する損失は雑損控除の対象ではないので。
いずれにせよ、罹災証明書が発行されたのなら、雑損控除の適用を考えてみてはいかがでしょうか。そして、家財に関しては、処理の簡便さ、および控除の金額からいっても上記の簡便法がおすすめです。圧倒的に有利でしょう。
3回にわたるこのシリーズも、やっと修了。
しつこいようですが、最後にもう一度だけ言わせてください。
前回記事、(2)でも書きましたが、今年は控除できなくても、雑損控除の金額が多額になるなら、絶対確定申告したほうがいいですよ。なぜなら、雑損控除の金額は翌年以降3年繰り越しできるからです。今年所得がなくても、これからの3年で、どんな所得があるかわからないじゃないですか。繰り越しのやり方がわからなかったら、お気軽にご相談ください。
個人的に、H30年分の確定申告で特に気をつけることは3つあると考えています。今回の記事で、やっとそのうちの2つまで説明を終えることができました。
最後の1つは、H30年から適用になる、配偶者に関する所得控除なのですが…それについてはまたの機会に。
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