シリーズ『ギャラリーフェイク』です。前回の巨乳/貧乳の続き、いよいよ「変態編」の本丸です。
『ギャラリーフェイク』の魅力はなんといってもフジタ。
博識でスマートな闇の美術品ディーラー、しかしその内面は体力のない純粋な「美」の使徒…一言で表現するのが難しいキャラクターです。
…でも、その本質は変態です。
フジタについて、わたしがまっさきに思い浮かぶのはこのシーン。
(第10集「頽廃都市(中編・ベルリン)」)
ああいう優等生美人が眉をひそめたり、冷たい目で見下したりするのを見ると……なんともいえないエロチシズムを感じるんですよ。
「わかるわかる」って……「シュナイダー、お前もか!」
わたしの中にあった、うまく言語化できなかった感情が表現されてしまっている! 平たく言ってしまうと「好きな子に意地悪して困った顔を見たい」ということなのでしょうが、ここには、より深い世界の価値観が提示されています。さりげない一コマですが、細野先生の本音が表れているような気がします。このシュナイダー、細野先生自身じゃないんですか?
いやいや、オマエ(細野&佐藤)の性的な嗜好を男一般にも当てはめるな! とのお叱りを受けそうですが、これ、共感する世の男性も多いのでは、なんて思ってます。女性にもこういう感覚はあるのでしょうか。
フジタの信仰告白、止まりません。
わたしもねぇ…………彼女を見てるとついムラムラくるんですよ。
クラス一かわいくてオツにすました優等生を困らせてやりたいってあの心理でしょうか。
(以上、第6集「二人の嫌われ者」)
隠すことはない。あのとおり彼女は美人だ。なれるものならわたしも ”下僕” になりたいものさ。いやいや下僕というより ”奴隷” か。三田村館長の ”奴隷” フフフ……想像するだにゾクゾクする響きだねェ。 奴隷ッ!!
優等生の気を引くための嫌がらせ。成功したとき、その罵倒は「あの」優等生を困らせた自分への「ご褒美」となります。あんなに激しい罵倒を受けるのは自分だけなのだ、という倒錯した自己愛……。
……いや、わたしがそうだと言っているのではありませんよ、あくまでフジタの心理を想像して述べているだけです。
おしおきよ!
そうか、 『セーラームーン』があんなに人気があったのは、「月に代わって、お仕置きよ!」という台詞にあったのでは、と一人納得してしまったり。
さて、この『ギャラリーフェイク』の世界、変態なのはフジタだけではありません。実に魅力的な変態が数多く登場します。いくつか思いつく人を挙げると…
・真性ドMの瑪瑙(めのう)
「この役立たずッ!! カス!! グズ!! タコ!! あんたなんて生きてる価値もないわよ!!」
「もっとしかってくださいませッ!! もっとこのおろかな瑪瑙をさげすんでくださいませ!!」
(第5集「翡翠(フェイツイ)の店」[後編])
瑪瑙、このとき勃起してます。 これは間違いない。
ああっ…もっと手荒く詰問してくださればいいのに……
(第23集「リング・RING・指輪」)
・婦警の格好をした女性でないと興奮しないニンベン師、木戸
(第7集「ニンベン師」)
(第8集「ニンベン師再び!」)
これ、婦警コスプレのイメクラです。ちなみに、この女の子は麗美チャン。
「ごまかしたってダメよッ!」っていうセリフ、いいなあ。
・「ナイフでちくちくされないとエレクトしない」ヒットマン
ぺち ぺち ぺち…
「けーーーッ!! まったくきさまって男は……ナイフでちくちくされないとエレクトできない……どうしようもないヘンタイのクズ野郎だねッ!!」
(第9集「刃物語」)
このコマ割り。セリフ回し、完璧じゃないですか! コールガールのカタカナの使い方とか、秀逸です。このヒットマン、いい娘に出会いましたね。この娘、仕事熱心なマジメな娘であることがこの話の後半でわかります。そうか、先の婦警コスプレの麗美チャンもそうだけど、細野作品では聖別される風俗業界の女性、という類型がありまして、これは「マグダラのマリア」に淵源するのかな…なんて。そして、西尾維新の『刀語』は『ギャラリーフェイク』この「刃物語」へのオマージュだったのか! ……って、それはないですね、さすがに。
一話完結でそれ以後続かない話ですが、次の2人も好きでした。
・打てば響く理想の奴隷
「おまえなのね?」「ハ…ハイ…」
(第15集「三つの鞄」)
ねえカール!! ボクは……ボクはどうしたらいいと思う!! ねえカール!! カール! ボクのカール!!
(第7集「始祖鳥第三標本」)
単なる同性愛者については、数が多すぎるので割愛します。
閑話休題。
三田村館長とフジタの話しに戻りましょう。
この2人、いたるところでじゃれ合ってます。
あるときはベルリンで。
(第10集「頽廃都市(中編・ベルリン)」)
あるときはテーマパークの立ち上げで。
(第19集「パリスの審判」)
人のやりとりをたどるのもこの作品の楽しみの一つ。こうして振り返ってみると、フジタって憎めない変態紳士です。
恋敵でもあるサラの意見は次の通り。
サラ、違うよ!
そういう考えだからサラはいつまでもフジタの掌の上なんだ! フジタは三田村館長を「いじめる」ことじゃなくて、「いじめられる」のが楽しみなんだよ! そうやって自分を満足させてる変態なんだよ。フジタは自分の思い通りにならない相手には必死になります。現にサラがフジタを無視したり、振り回す行動に出るたび、2人の関係は密になっていってるでしょう? サラ、がんばって!
さて、このまま終わらせてしまうのもさすがに忍びないので、クールなフジタで締めましょう。
佐江木晋三という巨匠の「レゾネ」作成のために、インチキな仕事の世界からまっとうなオモテの世界に引っ張り出されたフジタ。しかしこの仕事ははじめからワケアリで、三田村館長も知らされていなかった事情のため、レゾネの作成自体は順調だったにもかかわらず、プロジェクトは頓挫することになります。その一切の事情を悟ったときのフジタがこれです。
かくいう私も、まさか自分が”レゾネ”作りに参加できるなどとは、この間まで無操舵にしませんでしたよ。なにしろ今の私はメトロポリタン美術館のキュレーターなどではなく、およそ評判の悪い、悪徳画商ですから。しかもそのチャンスを、蛇蝎のごとく嫌われていた三田村さんからいただけるとはね。この一か月間は実に楽しかったですよ。心から感謝します。
(第10集「Making of the raisonne」)
カッコいいなあ、フジタ。
いつもはバカでも変態でもいい、締めるところだけ締めておけばいいんですね。むしろ男は普段はちょっと抜けてるくらいでちょうどいい。そういうことなのでしょう。
最後に一言。
言わずもがなですが、行き過ぎたこだわり、先鋭化した価値観は、ときとして他人には理解し難いものです。この記事で「変態」と呼んでいるのはこの価値観、スタンスのことであって、「変態」という言葉に一切侮蔑的な意味はありません。村上春樹も繰り返し述べているように、すべての人間は病を抱えているものでして、その意味ではみんなどこかしら変態といっていいと思います。