漂えど、沈まず。

文化系税理士 佐藤 龍 のブログです

呉座勇一 × 百田直樹『日本国紀』。「知的」とは、自分の認識の限界を知っていること。

作家 百田直樹氏。不勉強にして氏の著作には明るくありません。ただ、もろもろの発言、スタンスから、わたしとは異なる立場の方だな、と考えておりました。

 

日本国紀

日本国紀

 

 

そう思っていたら、朝日新聞の2週続けてのこの呉座先生のこの連載記事。呉座先生、百田氏の『日本国紀』によほど腹を立てたのでしょう。いや、学者としての職業倫理でしょうか、呉座先生をこの記事の執筆に駆り立てたのは。この気持ち、僭越ながらわたしも共感いたします。

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(呉座勇一の歴史家雑記)百田氏新作、過激と言うよりは
朝日新聞 2018年12/4)

 発売前から予約殺到で話題になった百田尚樹氏の『日本国紀』(幻冬舎)を読んでみた。さぞかし過激な内容だろうと予想していた私は正直、拍子抜けした。日本は東洋には属さず「ユーラシア大陸と対峙する一文明圏」であるとぶちあげた西尾幹二氏の『国民の歴史』(文春文庫)に比べれば、穏健にさえ映った。

 

決定版 国民の歴史〈上〉 (文春文庫)

決定版 国民の歴史〈上〉 (文春文庫)

 
決定版 国民の歴史〈下〉 (文春文庫)

決定版 国民の歴史〈下〉 (文春文庫)

 

 

 むしろ古代・中世史に関しては作家の井沢元彦氏の『逆説の日本史』(小学館)の影響を強く受けているように感じた。百田氏にせよ、井沢氏にせよ、日本史学界の守旧性を激しく批判し、新しい歴史像の提示を謳っているのだが、彼らの歴史理解は実のところ古い。

 


 『日本国紀』も『逆説の日本史』も、平安貴族の平和ボケを指弾し、摂関政治の腐敗を嘆くが、この種の平安時代暗黒史観は明治以来の伝統である。王政復古によって成立した明治政府は天皇親政を本来あるべき政治形態と考え、摂関政治を否定的に評価した。そして近代日本が富国強兵に突き進む中、軟弱な貴族と質実剛健な武士を対比的に捉える歴史館が浸透した。
 こうした理解は、武士を社会変革の担い手とみなした戦後歴史学でも踏襲された。だが、さすがに現在の学界では「暗い古代」と「明るい中世」といった単純な見方はとらない。百田氏にはまずは佐藤信編『古代史講義』(ちくま新書)あたりを読んでいただきたい。     (歴史学者

 

 

古代史講義 (ちくま新書)

古代史講義 (ちくま新書)

 

 

ご立腹の呉座先生、この記事だけでは腹の虫がおさまりませんでした。呉座先生の連載記事、翌週も百田氏のこの本の話です。

 

(呉座勇一の歴史家雑記)通説と思いつきの同列やめて
朝日新聞 2018年12/11)
 先週も取り上げた百田尚樹氏の『日本国紀』(幻冬舎)に対しては、参考文献が記載されていないことを批判する声がネット上で見られた。私の見る限り、古代・中世史に関しては作家の井沢元彦氏の著作に多くを負っている。
 そのことを象徴するのが、足利義満暗殺説の採用である。鹿苑寺金閣)の建築で知られる室町幕府3代将軍の足利義満天皇家乗っ取りをたくらみ、それに気づいた朝廷が義満を毒殺したとするものである。
 義満が天皇家を乗っ取ろうとした(具体的には息子の義嗣を天皇にしようとした)という説は、早くも大正時代に東京帝国大学教授の田中義成が提唱している。戦後も一定の影響力を持ったが、1990年に中世史家の今谷明氏が『室町の王権』(中公新書)で田中説を補強したことで、一般に広まった。ただし最近の中世史学界では、天皇家乗っ取り説は否定されつつある。

 

室町の王権―足利義満の王権簒奪計画 (中公新書)

室町の王権―足利義満の王権簒奪計画 (中公新書)

 

 
 百田氏は「研究者の中には、暗殺(毒殺)されたと見る者も少なくない。私もその説をとりたい」と書いているが、今谷氏も暗殺されたとは言っていない。暗殺説を主張しているのは、『室町の王権』に影響を受けて『天皇になろうとした将軍』(小学館文庫)を執筆した井沢元彦氏など作家だけである。本連載で以前も指摘したが、学界の通説と作家の思いつきを同列に並べるのはやめてほしい。
       (歴史学者

 

 

現在税理士であり、大学時代に西洋哲学を専門に学んだわたしとしては、この呉座 × 百田 論争について、それぞれの主張の妥当性についてとやかくいう資格はありません。ただ、呉座先生の細かい言葉遣いから、先生の怒りは伝わってきます。

例えば、上記事で挙げている参考文献について、細かく出版社が挙げられているところ。百田氏、または百田氏が参考したであろうとされている文献は「幻冬舎」「文春文庫」「小学館」「小学館文庫」と、学術的には積極的に言及されることの少ない出版社。岩波、山川、中央公論といった、日本史の権威的な出版社は1冊も挙げられていません。それに比べて、呉座先生が自身の根拠として挙げられる著作は、「中公新書」「ちくま新書」といった、学術的と認められる出版社。結局、百田氏が参照してるものって、昔に学者たちによって既に考えられていたものであり、考証も行われた結果、説得力が少ないため、あまり支持されてない考えですよ、と述べています。

それにしても、「通説と思いつきの同列やめて」というタイトルは手厳しい。まず、百田氏が『日本国紀』で述べている主張を「思いつき」として、その根拠としてあげているものも学界でははるか昔に否定された「通説」にすぎない、というスタンス。これはキツイなあ。

でも、僭越ながらわたしも共感できるところあります。学生時代は哲学、現職では税法について、専門外の方はみなさんご自身の感情に任せて自由に主張を展開されます。でも、それが説得力をもっていることはまれ。大抵は居酒屋の思いつきレベルです。

呉座先生に限らず、井沢元彦氏の『逆説の日本史』には、日本史の研究者はずっと怒りを抱えてらしたのではないでしょうか。わたしも経験がありますが、日本史に詳しい、日本史が好き、と仰る方の本棚を拝見すると、大抵並んでいるのは『逆説の日本史』。せめて中央公論の『日本の歴史』くらい並べておいてよ! と思ったことを覚えています(同類:「西洋古代好き!」→ 塩野七生シリーズ、「哲学好き!」→『ソフィーの世界』)。

ようやく井沢元彦氏の影響が薄れてきた…というところでの『日本国紀』。これはいけません。百田センセイ、少し脇が甘いのではないでしょうか。呉座先生も引かれている、「研究者の中には、暗殺(毒殺)されたと見る者も少なくない。私もその説をとりたい」との言葉ですが、研究者がこういう表現をするときは、必ずその根拠がありますよ。「全体として何割程度、そして権威ある研究者の中でも◯◯先生や××先生などがこの説を支持されています」程度の調査はしています。で、それを注として付記する、と。百田センセイはこういう言い回しは単に婉曲的な表現と考えられていたのでしょうか。

とりあえず、日本史を読み直そうと思ったとき、わたしは網野善彦氏の一連の著作に加え、『古代史講義』あたりから読もうと考えるようになりました。