実は前から長いこと疑問に感じていました。
行動経済学って、どこまで信頼していいのかな、と。
文学や哲学、芸術学が人文(科)学とするなら、経済学、社会学は社会科学。いまのところ、行動経済学は行動経済学は社会科学の最先端と考えられてますが、これ、本当に「社会科学」なの? 経済学に人文学の要素をブレンドしただけじゃないの? …そんな素朴な疑問があったため、なかなかこの世界に飛び込むことができませんでした。
いや、その重要性の噂は知ってましたよ。敬愛する山形浩生先生の紹介記事で、10年以上前から気にはなっておりました。
そう思っていたら、先日、こんな記事を見つけました。タイトルも、わたしが感じていたこととほぼ同じです。
米シカゴ大のリチャード・セイラー教授のノーベル経済学賞受賞で日本でも話題になり、今や経産官僚諸氏のお気に入りとなった「行動経済学」について何冊か専門書を読んでみた。
心理学や社会学の成果を引用する前置きに続き小難しい数式も出てくるが、「これは初歩の政治学の話でしょう」というのが読後の印象だった。
英国の経済学者、ライオネル・ロビンズ教授の名著「経済学の本質と意義」によれば、経済学とは「与えられた財(資源)をいかに効率的に配分し効用を最大化するかに関わる人間行動の学問」だそうだが、人間行動の観察は政治学の領分。私が尊敬する京極純一東大名誉教授は、「人間とは意味を求める生き物」「意味を求める人間には欲がある」。そんな人間が「人生に、社会に、自分の行動に、他者との関わりに、意味を求めて浮世を生きる。その人間の営みを研究するのが政治学である」と説いた。
経済学の基本概念である「効用」にしても、人間が「欲のある生き物」だから出てくるものだ。人の欲望は主観的かつ刹那(せつな)的、そもそも次元の違う様々な欲望の共通指標などそう簡単に作れるものではない。3個のリンゴと彼女とのデートの効用は数値では比較できない。それでも人間はその時その時の状況で選択し行動している。それが市井人の生き様というものではないか。
「暗闇で落とした鍵を明るい街灯の下で探す」のが経済学、という人もいる。モデルで説明できないことを「経済は感情で動く」だの「行動変容のナッジ理論」などともっともらしく解説するようになってくると、申し訳ないが素人の生兵法、もはや「学」とはいえない。(呉田)
◆この欄は、第一線で活躍している経済人、学者ら社外筆者が執筆しています。
……うーん、ちょっとわたしが予想していた内容とは異なっていました。あのー、呉田氏が仰っているような批判は、行動経済学が提唱された時点での素朴な疑問の粋を出ていないのではないでしょうか。上記記事の傍線はわたしが加えたののですが、「そう簡単に作れるものではない」「数値では比較できない」ものを実際に作ったり、数値で比較したからこそ、評価に値するのではないでしょうか? 呉田氏の言葉をお借りするなら、「その時その時の状況で選択肢行動」することの分析、その根拠を解明したからこそ、新しい学問分野の確立! という意味も含めて、その研究・評価が進んでいる分野なのではないでしょうか?
さらに申し上げると、呉田氏の反論も貧弱です。「それでも人間はその時その時の状況で選択し行動している。それが市井人の生き様というものではないか。」って……これ、次元が違う話ですよね。こういう話をするのなら、ノーベル賞学者の名前を出す必要はないのではないでしょうか。また、検証云々はともかく、「ナッジ理論」は、モデルとして極めて有効だと考えられたからこそ、評価されたのでしょう。わたしが期待していた内容とは異なっていました。ちょっとガッカリな記事でした。
この「経済気象台」は、楽しみにしている記事です。株価欄と同面に掲載されるこの記事、しばしば亜流と考えられていたり、朝日新聞の公式見解とするには少し書き手の思い入れが強い内容がこそっと掲載されます。単なる事実放送とは異なり、そこで展開される深い洞察には、「うんうん、そうだよね」とか「なるほど」と共感することも少なくありません。たしか、留保金課税の記事はわたしも深く同意しました。
でも、この記事はいけません。自由に書き手の意見を表明したものとはいえ、説得力がありません。しかも心情的な批判の内容も古いもので、同時代性もありません。残念です。
わたしのような反論、ネットでも目にしました。
朝日新聞のこの記事に対する反応のまとめ記事です。
やっぱり呉田氏は書きっぱなしですよ。こういう内容が許されるのは、社外執筆者だからなのでしょうか。
とりあえず、わたしも行動経済学の本を読み直すことにします。
まずは10年以上も前、2006年に山形先生が推薦されているこの本。
そして、それから5年後のこの本とか。
- 作者: ダニエルカーネマン,Daniel Kahneman,友野典男,山内あゆ子
- 出版社/メーカー: 楽工社
- 発売日: 2011/03/01
- メディア: 単行本
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いずれ、リチャード・セイラーのこの本も。
- 作者: リチャード・セイラー,キャス・サンスティーン,遠藤真美
- 出版社/メーカー: 日経BP社
- 発売日: 2009/07/09
- メディア: 単行本
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しかし、山形先生もこのような蓄積があったからこそ、ピケティの評価、伝道、翻訳につながったのでしょうね。行動経済学については、もう少し勉強してから判断したいと思います。