漂えど、沈まず。

文化系税理士 佐藤 龍 のブログです

力を入れるべきなのは、「節税」ではなく、将来への「借入」。(『その節税が会社を殺す』松波竜太)

【まとめ】

 中小企業社長、個人事業主のために、税理士が書いた実践的な借入指南書(節税の本ではない!)。

 

1.無理な節税をして、手元資金を乏しくしてはいけない。

2.手元資金に余裕ができて借入の必要がなくても、融資を受けて広義の事業投資をすべきであり、結果的にこれが「大きな意味での節税」となる。

 

借入に関して、「足りなくなるから借りる」から、「悩まずに済ませるために借りる」への考え方の転換。

具体例などの基準が数字で示されており、実行に移しやすい内容。

 

  

税理士の役割とは何か?

個人事業主や中小企業にとって、税理士は何のためにいるのか?

「節税」「税務申告」「毎月の事業状態の確認」…顧問先のお客様のニーズはさまざまです。

これはわれわれ税理士にとって永遠のテーマといえるでしょう。

 

しかしこの本の著者、松波先生の意見は明快です。

それは、税理士は節税を提案するためにいるのではない、ということ。

すくなくとも、節税が税理士の第一存在意義ではない。

 

手元資金が少ないと、まず心配が先に立ってしまうので判断が臆病になって遅くなる。つまり正常な経営判断ができなくなり、間違った判断を下しやすくなる。

(【28】手元資金月商3カ月分までの工程表 83%)

 

そのため、経営における財務活動で最も大事なことは、

「会社を殺す節税をやめて手元資金を厚くする」

ことであり、そのための方法が、

①手元資金を保険や役員報酬といった節税にまわさず、手元資金を留保する

②必要な法人税を支払い、銀行の評価を上げて融資を受ける

③さらに銀行と交渉して有利な条件を引き出す

 なのである、と。 

松波先生が主張する「大きな節税」とは、いたって常識的、意外性のない内容です。

すなわち、「明日の売上に貢献する」ものはすべて投資であると考え、「銀行融資を受けて手元資金を減らさずに行う投資」活動をすることです(ここでいう投資とは、金融商品ではなく、有形・無形の事業投資のこと)。

 

この本の急所は次の2点。

1.無理な節税をして、手元資金を苦しくしてはいけない。

2.手元資金に余裕ができて借入の必要がなくても、融資を受けて広義の事業投資をすべきであり、結果的にこれが「大きな意味での節税」となる。

 

借入に関して新しい考え方を知ることができ、非常に勉強になりました。

さて、この本の優れているところは、徹底して例や提案が具体的なところです。 

もちろん、経営・財務上の常識的なルールは皆さんご存知でしょう。

例えば、

・利益は毎期、平均的に出せ

・赤字を2期続けるな

 → なので、結論として「黒字は小さく、赤字は大きく」

 

売上・利益の大きな月が初めに来るように事業年度を設定しましょう。

特別な経費は、決して販管費で処理しないこと

 

 といったものです。

 

しかし、借入金額と法人税額の関係について、次のようなことはあまり耳にしないのではないでしょうか。

 

オススメは、「借入総額の1%程度の法人税を支払うぐらいの利益を出す」こと 

 その根拠もしっかり示してくれます。

銀行は「融資額=最終利益の10~20倍」という風に、利益を融資額判断の一要素と考えているので、法人税が多いと融資の枠も増えることになります。

 場合によっては、法人税を50万円支払うと、下がる金利の(佐藤注:金額の)方が大きくなることさえあります。・・・(中略)・・・

まさに、「損して得取れ」です。

逆に言えば、この1%を超える法人税を払うのは無駄。

利益の出しすぎです。

(【05】「払うべきお金」は何か?) 


他に挙げられている具体例も、項目で列挙されていたり、チェックシートの形になっていいます。「経営の現場で活用してください!」と言わんばかりの、うるさいくらいのサービス精神が素晴らしいです。

 

多くの会社で信じられている5つの「カン違い」。

( 「取引銀行は1行の方がよい」「借入残高が少ない方が融資を受けやすい」などの「カン違い」を指摘) 

【13】銀行が横柄なのは「付き合い方を間違えている」から)

 

銀行が会社を評価する3つのステップ

 (銀行は、「当期純利益」→「純資産の部計」→「現金・預金」の順で決算書をみていく。特に、手元資金が月商の何ヶ月分あるか、には注意を払うべき!)

(【15】銀行は「救済機関」ではない!)

 

銀行からの評価がわかるチェックリスト

 (【16】自然に「銀行に有利な環境」を作ってしまっている)

 

中でも、 ひとつの目安・基準として、特にわたしが有用であると思ったのは、

信金、国金、都市銀、中小公庫別の「黒字法人の場合の標準的な利率(2018年4月現在)」が挙げられていることです。(【24】「いくら借りたいですか?」と聞かれたら

 これは税理士よりも実際の中小企業の経営者の方に参考になるのではないでしょうか。「社長による金融機関への説明の仕方」も書いてあります(【23】金利や返済期間は、交渉する)。金融機関には、税理士でなく社長がやるべき、とはよく言われることですよね。こちらもどうぞ。

 

 

以下、メモしたところを引いておきます。

あ、そうそう、わたしはこの本をkindleで読んだので、引用元に頁数を示すことができません。強引に「◯%」と書くこともできますが、不格好なので今回は割愛しました。わたしはこれを電子書籍の難点と考えていますが、幸いにしてこの本は章立てが細かいので、章を示しておけばアクセスしやすいかと。 

などなど、冒頭の【まとめ】で書いたように、具体的、現実的にチェック可能な例・数字が挙げられています。

一度読んで終わり、ではなく、半ば実務書として参照する本といえるでしょう。

 

金融機関の組み合わせ方

①融資総額3000万円まで 地銀+信金+国金

②①融資総額3000万円まで 地銀×n+中小公庫(+信金

銀行選びに、ぜひ1つ入れたいところがあります。組み合わせの中に、ある銀行を入れるだけで効果が表れます。

それは、他県に本店を置く地銀、いわゆる「県外地銀の支店」です。

【18】複数の金融機関をどう組み合わせるか?

 

借入金が年商に対して過大でないか、預金が月商の何カ月分あるか、の2つを頭の中で計算します。

借入金が年商の半分を超えていると、「取引規模に対してすでに借りすぎ」と判断します。

( 【20】「銀行が安心する数字」を見せれば、簡単に借りられる)

 

 

必要調達額は、1年内返済長期借入金から営業キャッシュ・フローを引き、そこに登記の設備投資額を加えたものが必要調達額(マイナスの場合は調達不要)。

(【24】「いくら借りたいですか?」と聞かれたら)

 

運転資金の使途は、「手元資金を増やしたい」で十分なのです。 

(【25】借りるのに理由はいらない)

 

「預金をどこに置くか」は交渉材料として使えるのです。

「借り入れのない銀行がメインの口座」になっているなんてことがないように。その状態は、むしろあなたが銀行に「貸出をしている」状態です

(【26】「借りたお金」も交渉のカードになる)

 

保証協会の保証を受けている限り、トータルの金利が1%を切ることはない。

(そのほか、保証を切るタイミングについても)

(【27】銀行に勝手に来てもらうためのテクニック)

  

保険などを使った節税をしてよいのは、この段階から(佐藤注:手元資金に余裕ができてから)から。

これより前の段階では、納税して資金を会社にプールしましょう。

また、資金的に追いついたら、より利益をコントロールしやすい時期に決算期の変更を行います。

 (【28】手元資金月商3カ月分までの工程表)

(佐藤注:松波先生は「工程表」と使われていますが、「行程表(ロードマップ)」ではないでしょうか?) 

 

最後に、借入に関して目に入ったものを。

 

週刊ダイヤモンド 2018年 6/16号 「特集 成長するならカネ借りろ! 借金経営のススメ」

借金アレルギーな人(特にサラリーマンから独立したような事業主)は、一度目を通してみるといいかもしれません。タイトル通りの内容です。

 

そうは言っても、事業主でない人にとっては、岡田先生のように「金がないのに借金して車や家を買うのは、ヤクザがすることですよ。…(中略)…それは情けないことです。」なんて考えてるのかもしれません。事業のための借入は文字通り「事業投資」なので、山形先生がやさしくたしなめるように、「借入利息」と「その事業から得られる利益」とを比較すべきなのですが…ガイナックスを立ち上げた方なのに、この本ではどうしてしまったのでしょうか?

 

山形浩生岡田斗司夫 FREEex_「お金」って何だろう? 僕らはいつまで「円」を使い続けるのか?

 

 

NHKスペシャル:マネー・ワールド ~資本主義の未来~ 第3集 借金に潰される!?

これは「大きな話」であり、中小企業の現場とは分けて考えるべき内容かもしれません。が、まさにこの記事を書いているときに放送されていた番組なので、備忘として。