今回も年末の整理により発掘したスクラップ記事です。
そうか、エーコ氏がなくなってもうすぐ3年になるんですね。
【ウンベルト・エーコさん追悼】和田忠彦氏
2月19日夜(日本時間20日朝)に亡くなったイタリアの作家・哲学者のウンベルト・エーコさんを悼み、東京外大教授の和田忠彦さんが追悼文を寄せた。
【寄稿:東京外大教授・和田忠彦】
1996年6月28日から11日間開かれたノルマンディー地方スリジー・ラ・サールで翻訳者らと。左端がウンベルト・エーコ、右隣が和田忠彦さん=和田さん提供
いずれはと判っていても、いざとなると不意を突かれた恨めしさが募る。敬愛するひとの訃報に接したときはいつもそんなふうだ。4年前のアントニオ・タブッキも、そしていま、ウンベルト・エーコも。
また顔を見せなさい。3年前の春、そう言われて、果たせないまま、30年余つづいた不思議な縁が途絶えた。訃報が瞬く間に世界を駆けめぐり増殖する様子を横目で見ながら、SNSは孤独を深めるだけと戒めたエーコの言葉をかみしめていた。そして、この桁外れの知識人について語り伝えるべきは何かと思案していた。
作家、記号学者、思想家、哲学者、ジャーナリスト、大学教師――そのどれひとつを省いてもエーコはエーコではない。なかでも作家は最後に加わった肩書で、『薔薇の名前』を発表した1980年以来、昨年1月まで7作を数える小説はつねに発売前から話題をよびベストセラーを約束されていたこともあって、ほかの肩書よりも突出してみえる。
だが『薔薇の名前』の表紙扉にある作者自身が案じたとされる惹句、「理論化できないことがあれば物語にすべきだ」を実践した生涯をふり返るとき、逆もまた真なりと言えることに気づく。「物語にできないことがあれば理論化すべきだ」――この論理をも実践した結果がエーコの全体像を形成しているのだと。いや、むしろ比重から言えば後者のほうが随分大きいとさえ映る。
85年からこの1月まで連載してきた週刊誌「エスプレッソ」巻末に寄せたコラム、そしてその前身とも言える55年にはじまった同誌上でのエッセイと時評、じつはこれらが物語と理論とをつなぐエーコにとっての蝶番(ちょうつがい)だったのではないか。小説であろうと理論的著作であろうと、ものを書き、ものを語る愉しみは変わらない――両者の中間にあって文体模倣も理論的分析も社会時評もすべてが、およそ考察と描写の対象だった。
遅蒔きの小説家デビューを果たすはるか以前から、エーコは「もの書き」だった。
最初の評論集『開かれた作品』(62年)で現代芸術のもつ曖昧(あいまい)さの効用を意味内容の複数性にもとめ、作者の意図を超えた作品受容の構造と様態に着目した30歳の哲学者は、やがて半世紀余にわたり、イタリアを代表する知識人となる。その根底にあるのは無邪気なまでに真摯な遊び心と倦むことのない好奇心。23日にあるミラノ・スフォルツァ城での自身の葬儀も、向かいにある自宅の窓から眺めていたい。きっと目を輝かせてそう言うにちがいない。
Ciao Umberto(チャオ、ウンベルト)!
ウンベルト・エーコ氏は、わたしにとって大事な作家です。わたしはイタリア語は話せもしないし、読めもしませんが、特に小説家として尊敬しています。
一般的には『薔薇の名前』が代表作になるのでしょうが、わたしにとって、エーコは『フーコーの振り子』の作者。失意のどん底にある時に読み、その「愛」と「知」という2つのテーマに傷をえぐられ、そしてまた希望の光をもらった作品です。
『フーコーの振り子』という小説は、うんちく・衒学的博覧強記小説としての極北なのではないでしょうか。『フリッカー、あるいは映画の魔』はとてもおもしろく読みましたが、読後に1番に思ったのは「あれ? これって『フーコーの振り子』の映画ジャンル版?」ということでした。その後、『ダ・ヴィンチ・コード』が世界的にヒットし、トム・ハンクスとオドレイ・トトゥ主演で映画化もされましたが、わたしには『フーコーの振り子』を希釈し、よりセンセーショナルに、俗っぽく料理した物語にしか思えませんでした。
忙しさにかまけ、『前日島』以後の諸作品群は追えていません。不謹慎な言い方かもしれませんが、これでやっとエーコの足跡を落ち着いてたどれるようになったのかもしれません。
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