漂えど、沈まず。

文化系税理士 佐藤 龍 のブログです

山口県 宇部高専「経営情報学科」の可能性(朝日新聞 11/6から)

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すごい、こんな学校あるんだ!

高校から、経営学と情報学を専門的に学ぶ学科がある学校。ただし、商業高校ではありません。そして正確に言うなら「高校」でもありません。

山口県宇部高専、「経営情報学科」のことです。「高専」とは「高等専門学校」の省略で、16歳からの5年制の学校。この5年間は、高校生の3年間と大学2年間に相当します。

 

連載:いま子どもたちは

高専で学ぶ:7 全国唯一、経営・情報のプロ育てる (No.1501)

朝日新聞 2018年11月6日 朝刊)

 

 宇部高専山口県宇部市)には、全国の高専で唯一の経営情報学科がある。工業・商船系以外の学科設置が可能になったのを受け1992年にできた文理融合型の学科で、在学生の7割以上が女子だ。

 10月中旬、4年生の経営情報学専門演習では、2~4人でチームを組んだ学生らがパソコン画面をログイン前の続き見ながら話し合っていた。これまでに学んだプログラミング言語の知識を使い、5カ月かけて独自のプログラムを組んで発表する。

 企業の株価がより簡単にわかるプログラムを考えていたのは金田真輝(まき)さん(18)のチーム。山口県下関市出身で、高専に進んだ理由を「高校進学が普通という考えに流されたくなくて、人とは違う進路を選びたかったから」と話す。パソコンやネットに関心があり、この学科を選んだ。所属するゼミでは、様々な指標から企業の価値や将来性を分析する研究をしている。

 学生たちは入学後、コンピューターや簿記の基礎から始め、学年が上がると、統計学原価計算論、経営戦略論やマーケティング論などの専門的な科目を学んでいく。松野成悟学科長は学生たちに、「企業の経営環境の変化や社会の情報化の進展に対応できる、実践的な知識と技術を持った『経営のエンジニア』になってほしい」と期待する。

 この春まで2年間、金田さんと寮で同室だった田中実里さん(18)は島根県浜田市出身。中学時代、別の高専に進んだ先輩がいたのがきっかけで経営情報学科の存在を知った。宇部市には縁もゆかりもなかったが、「ここならきっといろんなことに挑戦できそう」と直感して進学。ストリートダンス部での活動やシンガポールと台湾への留学、地元菓子メーカーでの期間限定商品の開発など、授業以外にも様々な経験を重ねてきた。

 卒業まで残り1年半を切り、「自分が本当にやっていきたいことは何なのか、これからクリアにしていきます」と田中さん。金田さんは「将来は人を楽しくしたり勇気づけたりできる仕事をやりたいです」と語る。共に、卒業後は大学への編入を考えている。

 (佐藤剛志)

f:id:Auggie:20181127040017j:plain(授業風景)

 繰り返しになりますが、すごいなあ、この学校。いや、もっというと素晴らしいですよ、この学校。

最近、ちょうど「高専」が気になっていたときだったので、個人的にとてもタイムリーな記事でした。

「気になっていた」というのは知人の影響です。人事に携わるその人の話によると、「高専」卒業生は出来がよい、とのこと。特に専門職ではハズレが少ない、らしいです。不勉強でそれまで「高専」という学校を知らなかったわたしは、そのとき初めてそういう学校があることを知りました。

高専がどういうところか、ということは、例えば同じ朝日新聞のこちらの記事を参考にしてみてください。でも、どこかの高専の公式サイトを訪れてみると、雰囲気がわかると思いますよ。

 

さて、わたしが宇部高専を素晴らしいと思った大きな理由は2つあります。

1つは、経営・会計・情報を総合的・体系的に教育するシステムを作っていること。

もう1つは、「FAST分野」の教育がカリキュラムに組み込まれていること、です。

 

1点め。

「経営」「会計」「情報」の3分野、まとめて学ぶとすごいシナジー効果があると思います。現在、帳簿の記帳はパソコン入力以外には考えられませんし、経営分析も表計算ソフトを使わないことは考えられません。それに加えて、この学校では統計学や経営戦略論も学ぶ、と。……無敵じゃないですか。

記事にある、「企業の株価がより簡単にわかるプログラム」って、もしかして「非上場株式の財産評価」プログラムのことですか? 税理士試験でいうと「相続税法」の合否を分けるところですよ。こんなの在学中からやってるんだとしたら、土台が違いますよね…。

税務関係のことはあまり触れられていませんが、会計、経営を学ぶなら税務・社会保険についても必ず学ぶはず。「手に職をつけるから商業高校で簿記を学ぶ」とは異なる選択肢として、このような教育システムは有意義だと思います。

 

2点め。

財務、会計、社会保険、税。それぞれの英語の頭文字をとって、わたしはこれらの分野の知識を「FAST分野の知識」と呼んでいます。日本では、自らそういう専攻を選ばないと、学校ではほとんどこの知識を教わる機会がありません(いま、わたしはその機会を設けるべくNPO法人の設立に尽力しています)。

そういうFAST分野のカリキュラムを、高校から組み込んでいること。ここが興味深く、可能性を感じました。公民でも現代社会の時間でもよいので、もっと実用的なことをカリキュラムに組み込んでもよいのではないでしょうか? 多くの人は、学校で学ばなかったこの分野の知識を、大人になってからテレビや雑誌で勉強すると思いますが、その内容、数学でいえば一元一次方程式くらいの知識ですよ。それなら、義務教育で簡単に一通り学習してしまったほうが有益ではないでしょうか。FAST分野の知識は、人生の節目節目で大きな決断をするときに必要となる知識ですが、選択しなければ学校で教わる機会は少ない。宇部高専のカリキュラムには、学校でFAST分野の知識を学ぶ、ということのヒントがあるのではないでしょうか。

そして、もう一個付け加えるなら……これは男子にとってだけかもしれませんが、「在学生の7割以上が女子」って、ちょっと魅力的じゃないですか? 高校の3年間を公立男子校で過ごしたわたしからすると信じられない世界です。

いや、多感な年頃であるこの年代の女子にとっても、うるさいし、臭くて汚くて、やらしいことしか考えてない同年代の男子が少ないのは望ましい環境かもしれません。なんだ、それならWin-Winじゃないか。

 

宇部高専、正式には「独立行政法人国立高等専門学校機構 宇部工業高等専門学校」ですが、実際に訪れて、現場の方々の話をお聞きし、見学させていただきたいと思いました。実はわたしの父は山口県出身でして、なにか不思議な縁を感じております。

 

最後に、褒めっぱなしでは面白くないので、2つ疑問点を。

 

1つめ。

これは疑問点というよりも個人的な心配です。この学校からは、会計にも情報系にも詳しい優秀な卒業生が多々輩出されるでしょう(実際、公式サイトでも、会計士として活躍されているこの学科の卒業生が紹介されています)。そういう卒業生が、将来、すごいPCソフト、システムを発明して、税理士・会計士が不要になってしまう、なんてことはありませんか? 「AIに仕事を奪われる」という心配と同根ですが、大人になってからこの世界に入る人とは異なり、ここの経営情報学科の卒業生はFAST分野について独自・新鮮な視点を持つような気もします。それが楽しみでもあり、恐ろしくもあり…。

 

2つ目。

これは「経営情報学科」だけに限った話ではありませんが、早すぎる専門教育は、「すごい専門家」を作るかもしれませんが、教養的・人文科学の教育を疎かにすることにはなりませんか?

「文化系税理士」を標榜しているだけに、これは気になるテーマです。わたしが専門を学校で学び始めたのは大学3回生のとき。今から考えると遅いなあ、と思いますが、大学1,2回生の2年間の一般教養分野の授業はおもしろかった(いわゆる「パンキョウ」ですね)。どうせ3回生から専門を学ぶのだからと、進んで将来の専門とは無関係の理系の授業を受けた記憶があります。

専門家の育成には一般教養的な知識は不要。しかし、社会で活躍して管理職となったときは、スペシャリストに加えて、ゼネラリストとしての視点も要求されることになります。一般教養的な知識が役に立つのはそのときです。何より、人生を豊かにするじゃないですか、一般教養の知識は。

 

宇部高専の経営情報学科、興味は尽きません。いつか、ぜひ見学させていただきたいと思います。

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