この本、新版出てたんですね。
正しくは新版じゃなくて「完全版」とのことですが、先日の新聞の広告で知りました。
この本、わたしは2007年の方で一度読んでいます。
出版直後ではなく、数年前に古書店で目にして手にとったのですが。
この本については、給与所得についての記事で一度軽く触れています。
サラリーマンの「無税」の方法! ということで、当時話題になったみたいですが、業界としてはここで書かれていることは特に目新しいことではありません。というか、「今さらこのテーマ蒸し返す?」といったところです。
一言でまとめてしまうと、サラリーマンの副業を「事業所得」として申告し、その事業所得の赤字を給与所得と通算して、源泉徴収されている所得税の還付を受ける、その結果「無税」というもの。
所得税・住民税が無税なだけであって、消費税や固定資産税、自動車税まで無税になるわけではありません。
これは昔から言われているテーマです。
「事業所得」の赤字は他の所得と通算できますが、「雑所得」の赤字は通算できない。なので、みんな自分の事業を「事業所得」として申告したい。では、「事業所得」と「雑所得」の違いって何?
…つまり、この本のテーマは事業所得と雑所得の所得区分の問題でして、これは業界としては極めて古典的、クラシックな問題です。ホント、何をいまさら、という感じです。
当時はなかなか目新しいテーマだったのかもしれません。その点は理解します。ただ、2018年11月の時点で完全版を出す、という視点で考えてみると、いくつか疑問点が生まれました。
疑問点1。
「副業解禁」は、本当に完全版出版の追い風になってますか?
私見では、完全版の出版は、著者の只野氏の定年と、国の政策である「副業解禁」を契機として決定されたように思います。
確かに、「副業解禁」は大きな転機で、只野氏の節税(?)スキームとも一致しているように見えます。が、果たして本当にそうか?
只野氏のスキームは「本業」と「副業」にできたスキ間を狙ったものでした。
つまり、徴税サイドは事業所得と雑所得の区分は各納税者の申告に任せ、疑わしい場合は個別に調査して実態を確認、と。本業の会社は気づかなかったり、住民税額などから副業の存在を把握していたとしても黙認。両者の間には、解明に莫大なコストが掛かりそうなグレーゾーンが存在したため、只野氏のスキームは「偶然」有効に機能していたのでしょう。何しろ、40年にわたって、計1,000万円の「節税」に成功したらしいので。
しかし、わたしは今後はこのスキームは難しいのではないか、と考えています。
というのも、「副業解禁」の宣言は、「本業」と「副業」の明確化につながるからです。これまで副業で稼いでいた人々は、おそらくその大部分が会社には内緒で事業を営まれていたことでしょう。なぜなら、就業規則で副業が禁じられていたからです。ところが、このたび、厚生労働省のスタンスとしては、「原則禁止」から「原則解禁」に変更され、HPなどで公表されている「就業規則モデル」もそのように変更されました。
厚生労働省のページでは。「雇用・労働」の、「副業・兼業」のページ です。
ここには、「本業」と「副業」との明確な区別を奨励・推進しようとする意図がうかがえます。別に副業を会社に隠す必要はないのですよ、あなたのこの事業は毎年赤字ですし、これを本業というには無理があるのではないでしょうか……調査の現場でのこのような囁きが目に浮かびます。『無税入門』スキームにとって、「副業解禁」は追い風ではなく向かい風。将来的にはそう思います。
疑問点2。
零細事業主は、本当に相手にされませんか?
只野氏は自分のような零細事業主まで調査の手は回らない、という旨のことを書かれていたと思いますが、これは2018年11月時点でも有効でしょうか。
その後、マイナンバーや情報処理技術の発達(そしてあまり簡単に使いたくありませんが、もしかしたらAIも)により、各納税者の属性というか、納税者の分類などは年々容易になっていくはずです。そのような状況では、例えば毎年『無税入門』スキームを利用しているような納税者のピックアップなど、たやすい作業のはずです。
そうなると、駐車違反の取締を民間に委託したように、これらの納税義務者の調査の民間委託も可能になるのでは……と考えるのは先走りすぎでしょうか。
民間委託が杞憂だとしても、本スキームに該当する納税者のリストアップ、及び集中的なローラー作戦は可能になるのではないでしょうか。
先日の新聞広告から、そんな事を考えました。まあ、軽い妄想ですよ。
あ、言わずもがなですが、この「只野範男」という名前は、「ただの」一「範例」ですよ、程度のペンネームでしょう。筒井康隆の文学部『唯野教授』(ただの・教授)や『電車男』の中野独人(なかの・ひとり)、ブラドベリの「マンソンジュ氏」(うそ氏)、イザヤ・ベンダサン(地に潜みし者)のようなものです。