「師匠」こと亀田誠治さん、大好きです。
プロデューサーとしても、ベーシストとしても。
まさに「名プロデューサー=名ベーシスト」説の好例ですよね。
【一語一会】肯定に包まれ 自身で考える
(音楽プロデューサー 亀田誠治)
■ 誠治はいい子です
数々のヒット曲を生み出してきた音楽プロデューサーには、心の奥深くに刻まれた歌声がある。
赤ちゃんの頃から、寝かしつけのひとときに母はいつもシューベルトの旋律に乗せて、繰り返しこう歌った。「誠治はいい子です」。存在を包み込んで肯定するこの言葉が、今の自分を形作っている。
機会あるごとに「いい子」「自慢の息子」と母は口にし、信頼を寄せた。同時に、自分で考え行動することを尊んだ。欲しいものをねだる際に「みんなが持っている」といっても首を縦にはふらない。「みんながいいからではなく、自分がいいと思うものを選びなさい」。常に「あなたはどう考えるの?」と問われた。
音楽に魅せられ、高校生の時には自室に電子ピアノやテープレコーダーなどをそろえた。機材を置く適当な台がなく、クローゼットの扉を外しベッドの上にわたして場所を作ったら、あきれも怒りもせず、「素晴らしいアイデア! よく考えたね」と。音楽の道に進みたいと志を打ち明けた時、父は大反対したが、母は支持した。思えば、自分の行動を否定されたことは一度もなかった。独立自尊の教えは、ミュージシャンと共に作品を作り上げる今の仕事に生きている。「アーティストには、心からの言葉でなくては通じない。無難で付け焼き刃な対応は見抜かれてしまう。人を基準にせず、自分自身が考えることを伝えないと」
大切にする言葉は他にもある。子どもと一緒にアニメを見ているときなど、日常のふとした瞬間に出合ったものだ。「自分から探す姿勢があると、ハウツー本などを読まずとも、取り入れたい言葉が見つかる」。これも、自分で考えて、と語りかけられて育ってきたからだと思う。
父の赴任先だったニューヨークで生まれた時、両親は海外に行っても呼ばれやすいよう、いったん「じょうじ」を息子の名前に考えた。だが、母が「誠」の字を使いたいと望み、誠治と命名した。サインで自分の名前を書くたびに、名前の通り誠実でありたいと願い、この名前で良かったと感じる。
がんとの闘病を経て、母・史江さんは56歳で亡くなった。今年、自分がちょうど同じ年齢を迎えた。
(大村美香)
亀田アニキのベース、大好きなんですよ。
テクニックを誇示することなく、しかし楽曲で必要なときはソロじゃなくてもスラップ使いまくったラインで大胆に攻めたり、4ビートもそつなく渋くこなしちゃう。
そして、音楽的な面もさることながら、亀田アニキの人気が高いのはその人柄のせいでしょう。
NHKの「亀田音楽専門学校」や、情熱大陸など数々のドキュメンタリーで見る限り、アニキはいい人オーラ全開です。
そんな亀田アニキをつくったのはお母様だというこの記事、素直に頷けますね。
なるほど。
子育てする身として、とても勉強になりました。
あ、椎名林檎姫との馴れ初めや、モヒカンにした経緯などはこちらから。
もちろん、プロデューサーという立場からヒットチャートを眺めたこの本も持ってますよ。
でも、最後に一つだけ苦言を。
写真のウッドベースはどうなんですか? ウッドベースはあまり弾いてませんよね?
なによりご愛用のヤマハのエレベと比べてキレイすぎますし……なんか、「普段弾いてる感」が全然ありませんよね?
ああ、わかった。
これ、インテリアなのか。
察するに、この写真の場所は自スタジオですよね。
ネット上にアップされている動画の場所と同じところだと思います。