また、影響力の強い学者が亡くなりました。
(惜別)イマニュエル・ウォーラーステインさん 世界システム論を提唱した米社会学者
I・ウォーラーステインさん。取材に応じるためにニューヨーク支局まで来てくれた=2016年
■目で見た世界、理論で束ねた
8月31日死去(感染症) 88歳
巨視的な視点で資本主義を見据え、近代世界を一つのシステムとしてとらえる。そんな「世界システム論」を唱えた碩学(せきがく)にインタビューしたのは2016年11月、トランプ氏が当選した米大統領選の翌日だった。
これからの米国は、いや世界はいったい、どうなるのか。ほとんどパニック状態だった私に、眉一つ動かさずに説いた。
「世界には大きな影響はない。米国のヘゲモニー(覇権)衰退は50年前から進んでいるのだから」。トランプ現象は廃れゆく覇権国家の悪あがきに過ぎない、とこともなげに語るのを聞き、肩の力が抜けた。
第2次大戦前のニューヨークでポーランド系ユダヤ人の家庭に生まれた。コロンビア大での修士論文のテーマは、戦後の米政界を揺るがした赤狩り、マッカーシズムだった。その後はアフリカ研究に転じ、西欧に植民地化された国々を足で回った経験が、大輪となって開花する。
資本主義はオランダ、英国、米国という順に覇権国家を生み、この世界システムによって途上国は収奪されてきた。「中心―周縁」という概念で西欧中心主義を相対化する理論は日本でも刮目(かつもく)をもって迎えられた。
社会学者の組織化にも尽力した。国際社会学会長だった1990年代、同会理事として接した矢沢修次郎・一橋大名誉教授(76)は振り返る。「書斎に座って理論を組み上げるのではなく、自分の目で世界をとらえたうえで知的創造を達成した」
主著「近代世界システム」は未完に終わったが、その知的水脈は広大な流域に広がる。グローバル化が生み出す問題を前に国民国家が立ちすくむ今こそ、近代世界を一つの理論で束ねる視座は大きな価値を持つ。
「どんなに不透明な状況が続くとも、前向きに未来を求め続けなければ」。インタビューで聞いた言葉を胸に刻んでいる。
(編集委員・真鍋弘樹)
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